更年期(一般的に45歳~55歳頃)になると、女性の身体は閉経へ向けて卵巣の働きが低下し、女性ホルモン(エストロゲン)の分泌量の減少や、それに伴う自律神経の乱れなどが原因となって不定愁訴が現れます。
不定愁訴とは、様々な不調が現れ自覚症状はあるが、検査しても原因となる病気が見つからない事で、現れ方には個人差が大きく、その背景には体質的な要因の他、家庭や社会でのストレス、性格なども関係します。女性ホルモンの分泌量が急激に減ると心身がその変化についていけず、イライラやホットフラッシュ、不眠、全身の倦怠感などが発生します。これを「更年期障害」と言い、漢方では「血の道症」と呼ばれています。漢方の考え方には心身一如という言葉があり、心と体を一つのものとして考え、更年期の心身の症状に対しても古くから漢方薬が用いられてきました。
更年期障害は主に「肝」と「腎」が関係します。更年期になると性ホルモンが急激に低下し、これを漢方では腎陰の減少と考えます。腎陰が不足して、腎の陰陽バランスが崩れると、他の臓腑の陰陽バランスも崩れます。陰陽五行説で腎は「水」に属して潤し、肝は「木」に属して上昇する関係にあります。肝が腎陰に滋養されないと「陰虚火旺」の状態となります。陰虚火旺になると、イライラや口渇、ホットフラッシュ、心のざわつき、寝汗、不眠など更年期特有の症状が現れます。
肝血(肝に貯蔵されている血)と腎陰は、どちらも不足しないように相互に助け合う関係にあります。そのため腎陰が不足すると肝血も棄損し「肝腎陰虚」になります。女性では月経周期が狂う、月経量が多くなったり、少なくなったりし、最終的には閉経になります。
また、老眼、白内障など目に関する不調、耳鳴り、難聴など耳の問題、さらに脱毛や白髪も発症します。一方、腎陰と腎陽も相互に補う関係にあり、腎陰が不足すると腎陽も棄損します。これを腎の「陰陽両虚」と言います。陰虚に加え、陽虚の症状も発生するため冷えや頻尿、慢性膀胱炎、足腰のだるさや力が入らないなど、老化の諸症状が現れます。腎に蓄えられた精が不足してくると生殖能力も衰えます。
更年期障害に用いられる代表的な漢方
<加味逍遙散>=かみしょうようさん
構成生薬 柴胡・薄荷・当帰・芍薬・甘草・白朮・茯苓・生姜・牡丹皮・山梔子
加味逍遙散は「疏肝解鬱」に「清熱涼血」の特徴があります。腎陰棄損が肝陽上亢させるため、陰虚火旺によるのぼせやほてり、ホットフラッシュなどの熱症状が現れます。更に肝が心に影響を及ぼすと心肝火旺となり、不眠やドキドキなどの精神的な症状に進行していきます。柴胡で疏肝解鬱、牡丹皮、山梔子で熱を冷まし、炎症や自律神経系の興奮を鎮めます。不眠など心まで症状が進む前に、服用する事をお勧めします。
補腎に用いられる代表的な漢方
<知柏地黄丸>=ちばくじおうがん
構成生薬 知母・黄柏・地黄・山茱萸・山薬・牡丹皮・茯苓・沢瀉
知柏地黄丸の最大の特徴は「滋補肝腎」と「清熱瀉火」です。六味地黄丸で症状が改善されない場合に使用します。知柏地黄丸は六味地黄丸に知母と黄柏を加えたもので、知母はユリ科のハナスゲの根茎を乾燥した物で、熱を冷まし潤す作用があります。黄柏はミカン科のキハダの樹皮を乾燥させたもので、清熱解毒や消炎作用があり、特に腎、膀胱系の清熱作用に優れています。キハダは樹皮を剥ぐと内側が黄色いので名づけられ、古くから染料としても用いられました。六種類の補腎薬に加えた知母、黄柏の組み合わせは、陰虚火旺の虚熱を冷ますのに効果的です。
<杞菊地黄丸> =こぎくじおうがん
構成生薬 枸杞子・菊花・地黄・山茱萸・山薬・牡丹皮・茯苓・沢瀉
杞菊地黄丸の最大の特徴は「滋補肝腎」と「明目」です。六味地黄丸に菊花と枸杞子を加えたものです。枸杞子はナス科のクコの果実を乾燥したもので薬膳料理にもよく使われます。生命活動の中心となる肝と腎は「肝腎かなめ」と言われ相互に働き補い合う臓器で、腎に蓄えられた腎精は肝血と協力し合って目に精血(栄養分)を送り、代謝を促進しています。目を使いすぎると精血が消耗し、疲れ目やかすみ目など様々な目のトラブルが現れます。六味地黄丸と枸杞子には肝腎を養い精血を増やす作用があり、菊花には解熱、消炎作用があり、特に体の上部の炎症を取り除きます。目の不快な症状を改善する杞菊地黄丸は飲む目薬として昔から親しまれてきました。
養生
更年期に「肝」と「腎」が関係する事がお分かり頂けたと思います。そこで更年期にお勧めのちょっとした工夫をご紹介します。陰陽五行説で肝の味は「酸」です。酸っぱい味は、食物などを肝に誘導すると言われ、肝の症状改善に使われます。「酸」は筋肉や内臓を引き締める効果もあるので、多汗の方は酢の物や柑橘系等の酸っぱい物を取り入れてみてください。
次に腎についてですが、尿漏れや頻尿が気になる方には、お尻を締める運動がお勧めです。1日3回キュッキュッとお尻を20回位、力を入れて締めると、膀胱の筋肉の運動になって膀胱が締まり、腎の強化にも繋がります。ぜひ生活に取り入れてみてください。
更年期に現れる不定愁訴は、個人差があり症状の出方も様々です。その中で一番気になる症状からお勧めの漢方をお選びいたします。不快な症状がいつから始まったか、不眠はあるかなど生活サイクルも含めてお話を伺います。電話でのご予約も承っています。
次回のご案内
これまで3回に渡り、婦人科に関する病証について説明してきましたが、次回は女性にとって最も厄介な「瘀血」について取り上げます。