胃腸の不調を訴える相談は年間を通して多数あります。特に年末年始は暴飲暴食によって胃腸がスッキリしない経験があると思いますが、ストレスも大きく関係しています。今回は胃腸の病=国民病と言われるくらい日本人に馴染みのある胃腸病についてお伝えします。
胃の構造と主な働き
胃は腹腔の上部にあり、入り口は食道に、出口は十二指腸につながっていて、食道側を噴門部、十二指腸側を幽門部と言います。胃は、成人で約1.5ℓの容積を持つ袋状の消化器官で、食物が入ってくると伸びて膨らみ、臍より下の位置に降りてきます。胃の内腔は粘膜で覆われ、その下には筋肉の層があり、食物を殺菌して胃液と混ぜて攪拌し、腸に送り出します。
腸の構造と主な働き
腸は、小腸が約7~8メートル、大腸が約1.5メートルある長い管状の器官です。小腸の粘膜にはビロードの絨毯のような腸絨毛という無数の突起があり、身体に必要なほぼ全ての栄養を吸収します。小腸は酵素を含んだ小腸液で、胃から運ばれてくる粥状になった食べ物を完全に消化します。吸収された栄養素は血液によって肝臓に運ばれ、残りの物質は大腸へ運ばれます。
大腸は小腸を時計回りに取り囲んでいて、盲腸・結腸・直腸の3つに区分されます。大腸は、内容物から水分を吸収して便を作り、収縮運動によって便を移動させます。便は食べ物の残りカスが主原料で、便が形成されるにはある程度の食事量や食物繊維が必要になります。大腸には多くの腸内細菌が存在しているので、善玉菌と悪玉菌のバランスを整えて腸内環境を良く保つことが大切です。
胃腸にまつわる病証
●胃潰瘍・十二指腸潰瘍 強いストレス等で自律神経のバランスが崩れ、胃液が多量に分泌されて、自身の内壁を痛め、潰瘍を作ってしまう病気です。真面目でストレス社会の日本人に多く発症します。ピロリ菌、アルコールやたばこ、香辛料、アスピリン等の消炎鎮痛薬は、胃液のバランスを崩す要因となります。最も多い自覚症状は、みぞおちの痛みで、特に空腹時や夜間に発生し単なる圧迫感から焼けるような痛みまで様々で、飲み物を飲んだり食事をすると軽減します。
●過敏性腸症候群 文字通り腸が過敏になる事で、下痢・便秘・腹痛をはじめ、全身に様々な症状が起こる病気です。ウイルスや細菌によって感染症の腸炎を起こし、きちんと治りきらずに軽い腸炎が続いたり、薬の服用や体調の変化で腸内環境が悪化したり、ストレスによって緊張すると腸内で神経伝達物質のセロトニンが過剰に分泌されて、腸の運動に変動をきたします。
●逆流性食道炎 胃酸が食道の方へ逆流して食道に炎症が起こる病気です。胸やけ・吐き気・酸っぱい物がこみ上げる(呑酸)等の症状が現れます。日頃から油っぽい食事を摂っていると胃酸が多く出やすくなります。食道と胃の境目には胃酸の逆流を防ぐための下部食道括約筋がありますが、加齢や肥満等で下部食道括約筋が緩んだり、食道の筋力が低下すると胃酸が逆流します。
漢方的病証
一方、漢方の陰陽五行説では、脾と胃は食べた物を消化し、水分を吸収したり、運搬する作用があると考えます。脾胃の機能が弱ると食欲が落ちて、消化不良、吐き気、下痢等の症状が起こります。
漢方では、人が病気になる病因を三つに分類しています。脾胃の病に関連する主な病因は、①飲食不摂②六淫(湿・寒・燥)による外的刺激、③七情(憂・思)の感情過多があります。
①飲食不摂とは食べ過ぎと偏食の事で、食べ過ぎは脾胃を痛め、肥甘厚味(高カロリー・高脂肪・味の濃い物・甘辛い物)や過度の飲酒が続くと、胃に変調が起こります。胃が熱を持った時は、腹部が焼けるように痛んだり、吐き気、強い空腹感、口や喉の渇き、便秘等が起こります。また、寒さや冷たい食べ物を摂りすぎると胃が冷え、腹部に冷えや痛みを感じ、消化不良や下痢、便秘が発生します。
②六淫とは、自然界の六気「風、寒、暑、湿、燥、火(熱)」が異常になった状態であり、それぞれ、風邪、寒邪、暑邪、湿邪、燥邪、熱邪(火邪)という。このうち胃腸に主に関係するものは、湿邪、寒邪、燥邪である。
・湿邪が体内に侵入すると、脾胃の働きが低下し、水湿が停滞して水様便や悪心、嘔吐、食欲不振等が現れます。湿邪は湿気の塊のようなもので、停滞すると体が重だるくなり症状が長引きます。
・寒邪は冬に多く見られ、冷えが気・血・水を停滞させ、停滞している部分が痛みます。寒邪が胃に入れば嘔吐、脾に入れば下痢等が起こります。「寒湿困脾」といって冷えと湿は結びつく為、夏でも脾胃を痛めます。
・燥邪は乾燥させる邪気で、水が不足する為、便の水分が減って便秘になります。
③七情とは怒・喜・思・憂・悲・恐・驚の七つの感情の事です。漢方には「心身一如」という言葉があり、感情と内臓には密接な関係があります。過度の精神的負担やストレスから憂いたり思い悩む事が続くと、脾気を痛め、気を停滞させ、お腹の張りや食欲不振、軟便や便秘等が起こります。その結果、感情の異常な起伏は、病状を酷くして悪化させてしまいます。
胃腸の不調によく使われる漢方
<補中益気湯>=ほちゅうえっきとう
構成生薬: 黄耆・人参・白朮・甘草・当帰・陳皮・升麻・柴胡・大棗・生姜
補中益気湯の最大の特徴は「補気健脾」と「昇陽挙陥」です。食欲不振や消化吸収が低下し栄養状態が悪化すると筋肉の力が不足して、内臓を正常な位置に維持したり、毛穴の開閉ができず、胃下垂や脱肛、子宮脱、中気下陥や自汗(動かない状態でも汗が出る)の症状が出ます。中気下陥とは、お腹の気が下がり内臓下垂につながる状態です。
補中益気湯の「中」は胃腸を指し、益気には「気」を増すという意味があり、元気を補う漢方薬の代表処方です。
主薬は補気薬の黄耆で、マメ科の植物キバナオウギの根を乾燥させたものです。滋養強壮のある人参は元気を強力に補い抵抗力を高めてくれます。白朮は消化吸収を促進し、甘草で諸薬を調和させ全身の機能を高めます。当帰で補血し、陳皮、生姜、大棗は胃の通りを良くして食欲促進に働きます。升麻はキンポウゲ科の根茎を乾燥させたもので柴胡と共に中気下陥の症状を改善します。
効能効果:体力虚弱で、元気がなく、胃腸の働きが衰えて、疲れやすいものの次の諸症:虚弱体質、疲労倦怠、病後・術後の衰弱、食欲不振、寝汗、感冒
<半夏瀉心湯>=はんげしゃしんとう
構成生薬: 半夏・黄芩・黄連・乾姜・人参・甘草・大棗
半夏瀉心湯の最大の特徴は「和胃降逆」と「消痞止瀉」です。悪心、嘔吐、腹鳴下痢、上腹部の膨満感と痞えがある場合に用いられます。半夏瀉心湯の「瀉心」はみぞおちの痞えを取り除く事を指しますが、心気(心の働き)の鬱滞を通すという意味もあり、ストレスによる胃腸の不快な症状に特に効果的です。
主役は半夏で、発散作用により気滞を取り、上逆している胃気を下降させます。温性薬の半夏・乾姜・人参、寒性薬の黄連・黄芩の配合により、寒熱を調整します。乾姜は大熱に働き、服用すると胃腸が温まり寒邪を除去します。半夏・乾姜で悪心、嘔吐を抑制し、人参は上腹部の痞えを緩和すると共に、消化吸収を促進して全身の機能状態を改善します。甘草と大棗は平滑筋の緊張を緩め腹鳴下痢を止めます。
効能効果:体力中等度で、みぞおちがつかえた感じがあり、ときに悪心、嘔吐があり食欲不振で腹が鳴って軟便又は下痢の傾向があるものの次の諸症:急・慢性胃腸炎、下痢・軟便、消化不良、胃下垂、神経性胃炎、胃弱、二日酔い、げっぷ、胸やけ、口内炎、神経症
安中散=あんちゅうさん
構成生薬: 桂皮・延胡索・牡蛎・茴香・甘草・縮砂・良姜
安中散の最大の特徴は「温中散寒」と「止痛」です。冷えや寒冷の飲食物(ビール等)で発生する腹痛や、吐き気、胸やけ、食欲不振等、胃酸の分泌が多い人の胃痛にも用いられます。延胡索の鎮痛作用は全身の疼痛に最も効果があります。茴香、縮砂は芳香性の健胃薬で膨満感を取り除き、吐き気を止めます。牡蛎は胃酸を中和し、鎮痛に働くので呑酸や胸やけが改善されます。良姜は温裏と止痛作用があり、桂皮は消化吸収を促進し血行を良くします。甘草は諸薬を調和させます。
効能効果:体力中等度以下で、腹部は力がなくて胃痛又は腹痛があって、ときに胸やけやげっぷ、胃もたれ、食欲不振、吐き気、嘔吐などを伴う次の諸症:神経性胃炎、慢性胃炎、胃腸虚弱
胃腸の不調によく使われる民間薬
<センブリ> リンドウ科センブリ属の2年草で、日本各地に分布し、野山の日当たりの良い場所に自生しています。「千回振り出してもまだ苦い」と言う事から「千振=センブリ」と名付けられました。ゲンノショウコ、ドクダミと共に日本の三大薬草の一つとされ、昔から苦味胃腸薬として使われてきました。胃痛、腹痛、下痢等に有効です。
<ゲンノショウコ> 日本全土の山野に広く分布する多年草です。飲むとすぐに効果を発揮する事から「現の証拠」という名が付きました。主成分はタンニンで、タンニンには収斂作用があり、昔から下痢止めの妙薬として使われてきました。その他便秘、整腸、冷え性等に効果的です。
胃腸を労わる食養生
脂っこい物や肉類の消化不良には、山査子がお勧めです。山査子は中国原産の落葉低木で1734年に薬用植物として日本に渡来しました。果肉と種は健胃、整腸作用として用いられます。他にも果実酒やドライフルーツもおいしく食べられます。
穀物類の消化不良には大根がお勧めです。大根にはデンプンの分解を促す消化酵素のジアスターゼが含まれていて胃酸をコントロールし胃もたれを防止し、消化不良を解消してくれます。
1月5日頃を寒の入りと言い、この日から節分までが「寒」と呼ばれ、本格的な寒さがやってきます。この時期は身体を温める食材を積極的に摂り、春に備えて心と身体にエネルギーを蓄えておく事が大切です。